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この記事は、ライオンブリッジの新連記事「患者エンゲージメント シリーズ」の第 5 回です。ライオンブリッジのライフ サイエンス部門の専門家が、臨床試験の被験者や医療システムにおける患者の歴史と現状について説明します。本連載は毎週投稿されます。ご意見等ございましたら、ぜひ当社までご連絡ください。
患者の声
患者の体調や健康状態は本人が一番よく知っています。患者の視点、すなわち患者の声は彼らの希望やニーズ、優先事項を率直に表しているため、医療品質を向上させる上で欠くことのできない側面です。
「医療分野での価値という概念は、患者でなければ定義するのが難しいものです」と、患者支援活動家および Sarcoma UK 創設者のロジャー ウィルソン氏は述べています。ウィルソン氏のコメントでは、患者中心の医療を展開する上で彼らの視点が必要不可欠であることが強調されています。
これまでは医療専門職が臨床的見解の中心に立ち、妥当な治療アウトカムを得てきました。このアプローチでは、症状の当事者である患者自身の体験、患者の QOL に与える影響や健康管理など、経験に基づく考察が得られないことが多々あります。
1978 年に世界保健機関で採択されたアルマ アタ宣言では「人は皆、個人または集団として、自らの医療の立案と実施に参加する権利と義務がある」とし、患者の意見の重要性が認められました。この宣言以降、医療提供における患者エンゲージメントという概念がこれまでにないほどの勢いを得て認知されました。
患者の視点を得るには多種多様な利害関係者の関与が求められます。患者エンゲージメントの「患者」の概念には、患者の家族や介護従事者、患者会の代表者までが含まれます。こうした利害関係者は皆、それぞれの立場に沿った意見を出すことができます。
医療エコシステムの一環としての患者報告アウトカム
患者エンゲージメントを支えるアプローチとして、患者報告アウトカム (PRO) という評価基準があります。 PRO 尺度は規格化された質問票形式で提示され、臨床試験と臨床治療の双方を患者の視点からとらえ、医療介入を評価しやすくする重要なツールです。
たとえば臨床試験の場合、規制当局の評価者は PRO 尺度から得た PRO データを参考に、医薬品が患者に有益な効能を示しているかどうかを判断できます。臨床試験の PRO データから得たエビデンスは医薬品上市の際、下流経路の意思決定に採用される場合があります。通常の臨床治療では、治療による影響や治療の質、健康関連の QOL に対する患者の意見を集めるために PRO 尺度を使う場合があります。
PRO 尺度を使うと、患者の意見のほか、患者が評価したアウトカムをありのままの形で取得できます。経済協力開発機構が先ごろ発表した報告書では、患者からの報告を医療制度のパフォーマンス評価指標として採用する問題に触れていますが、そこで次のような指摘がありました。「疾病治療で医薬品が画期的な成果を挙げてきたことは賞賛に値する。ただし、治療が患者の生活に及ぼす影響についての評価も含めるなど、継続的な改良が必要である。継続的な改良により、患者が評価したアウトカムは治療を成功に導く重要な指標となる」
医療効果研究や医薬品開発における患者の意見
医療効果研究の分野では、さまざまな研究機関が患者のエンゲージメント増大を図る構想を策定してきました。国際医薬経済・アウトカム研究学会 (ISPOR)、患者中心のアウトカム研究所 (PCORI)、国際医療成果測定協会 (ICHOM) などの組織は、医療分野への患者エンゲージメントの意義を高く評価し、各種エンゲージメント イニシアチブを精力的に支援しています。また、正式なグループを立ち上げ、ベスト プラクティスを定義するガイドラインを作成しています。
ISPOR の患者委員会、および患者代表者円卓会議は患者代表者間のコミュニケーション推進や関係者の招集をサポートし、研究や意思決定プロセスへの患者代表者の参画を目指しています。
PCORI のエンゲージメント ルーブリックは患者エンゲージメントを運用可能にし、患者を研究活動のあらゆるフェーズに組み込む枠組みとして機能しています。患者がパートナーとして研究活動の立案や実施、情報拡散に積極的かつ持続的に関与することを推奨し、臨床の意思決定とアウトカムの質の向上を目指します。
ICHOM では医師側のリーダー、アウトカム研究者、患者側支援者がグローバルなチームを結成し、さまざまな病状を抱える患者にとって重要なアウトカムの標準リストを定義しています (対応する施策や方法論のガイドラインも同時に作成)。患者が医療現場に関与すると、医療従事者は患者の病状や医療経験を最大限に改善するアウトカムの提供にリソースを集中させることができます。
医薬品開発でも患者の視点が重要な役割を担います。患者にとって意味のあるアウトカムが臨床試験で評価されていることを確認するには、患者や介護従事者からの聞き取り情報が参考になります。
臨床試験の開発や実施段階で患者の視点を取り入れることの重要性は、さまざまな規制当局および製薬業界の枠組みや指針書で立証されています。その中からいくつか実例を紹介します。
米国食品医薬品局 (FDA) は患者中心の医薬品開発イニシアチブの一環として、ガイダンス ドキュメント シリーズを作成し、患者の体験や視点、ニーズ、優先事項を有意義な形で医薬品開発や評価に取り入れてきました。このガイダンス ドキュメント シリーズの第 3 回と第 4 回は、目的にかなう PRO 尺度 (および他の臨床アウトカム評価形式) の特定や開発、規制当局が意思決定を行う際のエンドポイントへの統合に注目したトピックを取り上げる予定です。
同様に FDA は、医療機器臨床調査の設計や管理運用における患者エンゲージメントについてのガイダンス ドキュメントの草稿、および医療機器評価に用いる PRO 尺度の選定、作成、修正、改訂の原則において、医療機器の開発、評価、調査に患者からの意見を採用、分析、および統合することを奨励する方法論的考察を提示し、こうした活動を支援しています。
欧州医薬品庁 (EMA) が策定した「2025 年に向けてのレギュラトリー サイエンス」戦略では、医療システムと連携し、患者が主体となって介入する最先端の施策を支援する明確なメッセージを発しています。具体的には、EMA はエビデンスの作成において患者の意見を尊重する方針を強化する、臨床ガイドラインの参照に PRO 尺度を含めるよう更新する、医療関連の主要 QOL 指標の活用を推進する、米国 FDA などの患者を中心とした医薬品開発構想の先駆的存在である規制当局との国際協調を拡大させる、などの戦略を挙げています。
また、TransCelerate は患者エクスペリエンス構想の一環として、「患者プロトコル関与ツールキット」および「患者フィードバック アンケート ツールキット」を作成しました。両キット (前者は臨床試験依頼者、後者は臨床試験参加者を対象としたもの) は、臨床試験の立案と実施について患者から有意義な情報を得て、患者エクスペリエンス全体を向上させるツールとして機能しています。
「医薬品開発でも患者の視点が重要な役割を担います。患者にとって意味のあるアウトカムが臨床試験で評価されていることを確認するには、患者や介護従事者からの聞き取り情報が参考になります」
PRO 尺度を作成する際の患者の関与
患者にとって妥当な医療効果とは何か、こうした医療効果を PRO アンケートがきちんと収集できているかを判断できるのは患者自身に限られるため、PRO 尺度を作成する際には彼らの関与が欠かせません。
PRO 尺度を新規作成し、内容を精査するプロセスで患者からの意見があると、質問の範囲や内容、評価草案に盛り込むべきタスクがわかります。通常、一対一の面談、フォーカス グループ、コンセンサス パネルで患者から意見を求めます。患者からのフィードバックは、完成した PRO 尺度の草稿が包括的内容か、対象の患者群に重要な概念を押さえているか、臨床試験の完了プロセスを患者が理解しているか、患者が読んで理解しやすい内容かなど、草案のさまざまな側面を検証する際に役立ちます。
認知インタビューや有用性試験、可読性試験を実施し、患者にとって読みやすく、内容が理解できる PRO 尺度であるかを評価します。このようなインタビューや試験で収集された患者からの意見をもとに、質問、回答の選択肢、患者への説明部分の削除や内容の修正などを行うと、PRO 尺度の草稿の内容はさらに洗練されていきます。
多言語への翻訳、紙媒体から電子媒体への変換など、PRO 尺度の原本に変更があった際には、患者からの意見を集めることで、変更後の PRO 尺度の内容に影響が及んでいないこと、新しい版や新しい使い方が対象となる患者グループにとって適切であるかを確認する一助となります。
患者の関与や参加によるメリットは明確に示されています。患者と連携して作成した PRO 尺度が、患者の関与なしで作成したものより対象患者群にとって適切で、患者からも受け入れられやすいことは疑うまでもありません。患者エンゲージメントの促進にも繋がるため、PRO データの品質が向上し、規制当局からの承認も得やすくなります。
患者の関与をエンパワーメントやインパクトに変える
「患者エンゲージメントは妥協を許さないものであってはいけません。官僚主義的な施策としてではなく、継続的な取り組みとしてみなされるべきです」
しかしながら、アウトカム研究や PRO 尺度の策定に患者が関与する場合、必ず課題を伴います。複雑なプロセスを伴うことがわかっているため、研究者や患者が、患者エンゲージメントの機会の提供や積極的な参加をためらうこともあります。研究者側の予算上の問題、また研究者と患者双方の時間的制約により、患者の関与する範囲が限定される場合もあります。希少疾患など、対象患者群が非常に少なくなるケースもあります。こうした課題がある場合にも、原則的には患者の関与を促す意向を示すことが望ましいですが、いざ実践するとなると達成が難しいことも予想されます。
患者の判断が研究プロジェクトに含みを持たせるおそれがあり、どう関与させるかという判断がしにくいと考えられます。規制当局の間で、患者の関与が推奨される機会が増えています。
ここで検討すべき重要なポイントは、患者エンゲージメントが妥協を許さないものであってはならない、ということです。官僚主義的な施策としてではなく、継続的な取り組みとしてみなされるべきです。
患者エンゲージメントのアプローチや手順に、あらゆる研究環境に合致して正解が出るといった、普遍的なものは存在しません。患者が関与する場合、事例ごとにエンゲージメントの企画を組み、作成する必要があります。既存の方法論的考察や実体験を活用し、当該の患者グループに最も適切かつ臨床研究の目的に合致したアプローチを選択してください。
広く一般的な意見として、研究スタッフが豊富な訓練と経験を積んでいること、コミュニケーションがオープンで明確であること、想定される役割や期待に対する共通認識を持つことが重要です。そうすれば、患者エンゲージメント構想が成功する可能性は高くなると考えられています。また、患者が関与したイニシアチブが成功すると、患者が「研究パートナー」として積極的に参加しようという意欲が高まるため、研究の概念化や設計、実施、ひいては所見の拡散にも寄与します。意思決定の場で患者とパートナーシップを結ぶというアプローチはまさに、真の意味で患者を第一に考えた医療の礎であり、差別化をはかる要因でもあります。